【体験談】脳梗塞からの生還③〜医療関係者の方に読んで欲しい本(もちろん患者さんや一般の方にも)

【脳卒中患者だった理学療法士が伝えたい本当のこと】著者〜小林純也

【体験談】脳梗塞からの生還③〜医療関係者の方に読んで欲しい本(もちろん患者さんや一般の方にも)

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脳卒中患者の本当の気持ちを綴った本

※脳卒中患者にも 医療関係者との会話 の時 でも 本音と建前の気持ちがあると言う事

突然の脳梗塞と言う病気を発症してしまい急性期病棟で2週間ほどの処置を受けた後に回復期リハビリテーション病棟に転院することになって2カ月間にわたって理学療法士や作業療法士の方にリハビリを行っていただきました

※脳梗塞とは脳卒中と言う病気の1つです

その節は病院スタッフの方々には本当にお世話になりました

今回、体験談として理学療法や作業療法の内容についてどのようなリハビリを行ったのか記事にしようと思っていましたが専門的な内容になってしまい私のような素人には記事を書くのは難しいと判断しました

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リハビリのオススメ動画

専門的な理学療法や作業療法に関してはYouTubeなどにもとてもわかりやすい動画がアップロードされています

そちらの動画を参考にさせていただければと思います

例として私がよく視聴しているYouTubeチャンネルを2つ紹介しておきます

脳梗塞のリハビリpart1

【脳梗塞 手のリハビリPart1】麻痺側手のリハビリにおける重要なポイント
脳梗塞・脳出血専門リハビリスペース〜動きのコツ研究所

【30分治療】脳梗塞後の上肢/手のリハビリはこれ!!

【30分治療】脳梗塞後の上肢/手のリハビリはこれ!!
ニューロリハビリ研究所
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脳梗塞患者だった理学療法士が執筆した本

そんな中で1冊の本に出会いぜひ皆さんにも紹介したいと思い記事を書くことにしました

私のように脳梗塞になった人がリハビリ療法を受けるにあたってまたは受けながらどのような気持ちで療法士と接していたか私の気持ちを代弁してくれるような著書があったのです

【脳卒中患者だった 理学療法士が 伝えたい、本当のこと】

その本とは小林純也さんと言う人が執筆した

【脳卒中患者だった 理学療法士が 伝えたい、本当のこと】

(出版社は三輪書店)と言う本です

プロボクサーを目指していた著者の小林純也さんは20代と言う若さで脳梗塞と言う病気を患ってしまい絶望のどん底にたたきつけられたのでした

しかし彼はあきらめることなくそこから執念のリハビリや筋トレを行って劇的な回復を果たしました

また趣味としてのボクシングを再開するとともに理学療法士と言う自分の病気に打ち勝つための職業を目指し見事に理学療法士として合格し現在、回復期リハビリ病棟で活躍していると言う人物です

皆さんに紹介するとともに特に医療関係者 の方たちに読んでいただきたいと思い今回この本の読書レビューとして記事を執筆したいと思います

小林純也さんの著書【脳卒中患者だった理学療法士が伝えたい、本当のこと】この本のタイトルに書かれている「本当の事」とは一体どんなことなんだろうと気になりませんか

伝えたい、本当の事とは

その「本当の事」とは当時、小林さんが脳卒中で入院していたときに病院のスタッフや理学療法士や作業療法士に脳卒中になってしまった

患者の立場として言いたかった本当の心の底の自分の気持ち

です

当時は遠慮して病院のスタッフに気を使い言えなかったことがこの本のあちらこちらにちりばめられています(スタッフからの問いかけに本当はこう言いたかったけど気を遣って言えなかったそんなことなど)

脳卒中患者だった理学療法士が伝えたい本当のこと

そうです…この本は私の思っていたこと・言いたかったことを代わりに言ってくれています

そして多くの脳卒中患者の不安や悲しみ怒り…揺れ動く気持ちを代弁して書いていただいた本なのです

ですから、ぜひ!病院医療関係者の方々に読んでいただければと切に思います

小林さんは現在、回復期リハビリ病棟の医療機関の理学療法士として従事している傍らで全国に出かけて講演活動や脳卒中患者の会などに参加されたり執筆活動をされています

では、早速!読書レビューとしてこの本について記事を書きたいと思うのですが本書は専門的な言葉が多く一般の方には理解できない箇所が多々あります

その辺は省いて小林さんが脳卒中患者として闘病生活をしていたその頃に病院のスタッフに言いたかったことなどについて触れていきたいと思います

病院スタッフの方においてはこの本を手に取り専門的な部分もご一読されることを望みます(図書館などでも置いています)

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患者となった小林さんが伝えたい本当のことPart1

小林さんは趣味としてボクシングを始めていました

何の趣味もない小林さんでしたがキックボクシングやボクシングは興味があり試合観戦にも度々出かけていたそうです

いつものように仕事が終わった後にボクシングジムに通うために電車に乗っていたときその日に限ってなぜか非常に倦怠感があり一駅乗り過ごしてしまってジムに向かうと言う有様だったそうです

今日は軽くやって終わりにしておこうと言う気持ちでジムの鏡の前でシャドーボクシングを始めました

だいぶ調子が出てきたと思った瞬間に右半身の力が抜けていき目がぼやけ耳も聞こえづらくなり脱水症状ではないかと水を飲まなければと思いやっとの思いでウォーターサーバーまでたどり着いたとのこと

「よかった助かった」そう思った瞬間に視界が真っ暗になり意識を失ったそうです

小林さんは幸にしてすぐに救急車を呼び病院に運ばれ処置を受けることになりました

そして後遺症はあるものの社会復帰して理学療法士と言う職業に就くこともできました

脳卒中と言う病気はとにかく時間との戦いです

発症してから5~6時間であれば血栓溶解薬などでかなりの割合で後遺症も少なくすることができます

早期発見に重要な「FAST」

脳梗塞は突然発症する病気です、そして後遺症を極力少なくするにはいかに早く処置ができるか時間との戦いです

脳梗塞の早期発見につながる重要なポイントとして「FAST」と言うものがあります

出典〜http://harukaze.sunnyday.jp/wordpress/wp-content/uploads/stroke-10.jpg
  • Fフェイス「顔面麻痺」
  • Aアーム「腕の麻痺」
  • Sスピーチ「言葉の障害」
  • Tタイム「発症時刻」

以上の症状が疑われたら迷わず119番通報をして救急車の出動をお願いしてください

しばらく様子を見てみようとか一晩休んでから病院に行ってみようと言うことになると症状が改善されず後遺症が重くなる場合もあります

一刻の猶予もありません

私の場合は たまたま 脳梗塞になった日が病院の眼科受診の予約日だったので当日の朝、目が覚めた時に右手右足に力が入らず 変だなと思いつつ眼科の受診待ちをしていました

容態を伺いに来た看護師さんにそのことを話をしたら 先生の指示で眼科の受診よりも脳梗塞の疑いがあるのでそちらの受診を先に行った方が良いと言うので脳神経外科で受診と検査をすることになりました

その後しばらくして脳梗塞という病気が確認されそのまま緊急入院という処置をされ 幸いにして大きな後遺症 にならずに社会復帰に向けて現在も頑張っています

喪失体験と自殺願望

小林さんは23歳と言う若さで脳梗塞と言う病気になってしまいました

さらにせっかく見つけたボクシングと言う打ち込めるものも突然できなくなった辛さ悔しさ

本書の中で綴られていますが自分の人生が絶望しかないと思うようになったのもよくわかります

私の場合は小林さんよりも症状も軽く後遺症も比較的小さく済んだ方なのかもしれないけれどもそれでも一般の仕事に就く事はなかなか難しいです

年齢的にも無理のできるような歳でもなくアルバイトかパートでも体に負担のかからない仕事があれば良いと思っているのと違いこれからの長い人生をあきらめなければならないと思った気持ちもよくよくわかります

リハビリと病識欠如

小林さんは回復期リハビリ病棟に転移することなく急性期病棟でリハビリも含め退院して自立生活を余儀なくされたようです

その辺の説明については病院からの説明もなく小林さん自身も当然のように詳しくないので退院するのが当たり前と思っていたのかもしれません

本書には詳しくは書かれていないが通常であれば小林さんのような重度の後遺症を持った患者に対しては急性期病棟から回復期リハビリ病棟に移ってリハビリの訓練を集中的に行うのが常識なのだが病院側からの説明がなかったのかもしれません

通常、脳梗塞などで入院する場合は国からの病院側に負担できる医療費が2ヶ月ほどでカットされてしまうので病院側としてはトータルで2ヶ月をめどに治療して退院させるようにしているとも聞いています

もちろん長くリハビリを行えば良くなると言う確証も100%ではないと思いますが現在では6ヶ月以上経過した脳梗塞患者の後遺症がリハビリによって改善されたと言う報告もあります

小林さんは急性期病棟で詳しい日数は本書に記載されていませんが私の体験から推察すると半月ほどの治療と一カ月半ほどのリハビリを行ったのでしょう

リハを開始した当初はほとんど何もできなかった小林さんでしたが唯一右側への寝返りは柵につかまらなくてもできたとのことです

まだまだ見守り期間だったのを1人で車いすでトイレに移動したときに看護婦さんが駆けつけ褒められると思ったのが

  • 「小林さんどうやってここまできたの!」
  • 「移動する時はナースコールを押してください!」

と厳重に注意されたそうです

自分では

  • 「よくがんばったね」

と褒めて欲しかったと言う思いも綴られています

これは私も脳梗塞体験者として入院中に看護師から何度か注意されたことがあります

見守り期間中は血液をサラサラにする薬などを処方しているために万が一にも転倒して頭などを打った場合は取り返しのつかない大変なことになるからです

薬の影響や体力が落ちているために自分では大丈夫だと思ってもちょっとしたところで転倒して大惨事になることも珍しくないからなのでしょう

募る不安と支えとなった言葉

小林さんは入院中に2度目の脳梗塞も体験したそうです、右半身に続いて左半身にもしびれや腫れが現れるようになりいよいよ不安は最高潮に達し不安をかき消すようにリハビリにも力が入っていったのです

リハビリや自主練を頑張る一方で

  • 「いくら頑張っても全部無駄になるんじゃないか」

そんな思いも頭をよぎりながら気持ちが不安定になりモチベーションも下がっていくこともあった そうです

ある日、言語聴覚療法が終わりふと壁にかけられたカレンダーに目をやったそこには誰が書いたかもわからない言葉が書かれていた

「3つのA」

  • あせらず
    あわてず
    あきらめず

退院日と知らされぬ今後(回復期リハビリテーション病院に転院しなかった理由)

小林さんは脳梗塞の後遺症はまだ強く従来であれば回復期リハビリ病棟に転院して集中的にリハビリを続けるのが普通なのだが2ヶ月と少しの期間で退院を迎えることになったとの事です

回復期リハビリテーション病院に転院しなかった理由として小林さんは以下のように説明している

理由は2つあり

  • 1つは本文にも書いた通りその存在を当時知らなかったからと言うことです
  • 2つ目は入院基金の問題これも当時病院側から知らされておらず回復期や病院に入院するには発症から2ヶ月以内だと言うことです小林さんは2ヶ月以上急性期病院に入院していた結果回復期リハビリ病院に転院する機会を失ってしまったのです

その辺の配慮も病院側からなかったのでしょう

小林さんは本当に大変だったと思いますまだ脳梗塞の後遺症が大きい中で退院を強要されるように病院を出て行かなければならなかったのでしょう退院後の生活の不安は計り知れないものがあったと察します

私の場合は急性期リハビリ病棟で2週間の集中治療と数回のリハビリを行った後に同じ病院の回復期リハビリ病棟に移って約2ヶ月の集中リハビリを受けました入院期間は約2ヶ月半と言う長さになったのです

退院後に関しては専属のケアマネジャーがついていただき介護に関するいろいろなお手伝いをしていただいています

ただしあくまでも介護に関することだけです(当然お金もかかります)今後の生活全般例えばこれからの仕事の事や介護以外の生活の事など脳梗塞の後遺症を患った状態で生活していくためにはあくまでも自分自身の努力と精神面での強さしかありません

訪問リハビリや内科への通院以外に仕事を探すためにハローワークへ通うことも必要となるし市役所へ行って身体障害者の申請なども全て自分で行わなければなりません

そのような手続きは誰もやってはくれません

また私のような一人暮らしの場合には入院中にたまっていた税金やいろいろな請求書の手続きや処理もしなくてはなりません

入院したからといって税金が安くなる支払期限が延長されるなどといった事は基本的にありません

日本は手厚い医療で他の国に比べると幸せだと思うかもしれないけれど医療保険料に関しては年間数十万円と言うかなり高額な保険料を皆さんは収めているということを改めて確認された方がよろしいかと思います

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退院後の本当

退院した小林さんは脳梗塞の後遺症の重さを社会生活の中で実感させられることに なります

歩行はもちろん移動するために利用する電車やバス、建物内のエスカレーターやエレベーターそれら全てが右半身不随の体に重くのし掛かり 負担となるからです

脳梗塞の患者だからといって車椅子や杖はあまり使いたいものでは ありません

特に小林さんは若かったので乗り物内のシルバーシートや障害者用のシートにさえも座ることをよしとしなかったのです

(著書 では「哀れみの対象となるのはまっぴらごめんだ」と記載されています)

小林さんは退院後も不自由な体ではあったがボクシングの練習を再開したりリハビリの自主練も以前よりも頑張るようになった

医師から言われた「回復限度」と言う言葉

退院後も小林さんは後遺症の経過報告と薬の処方をもらうため1ヵ月に1度通院を繰り返していた

回復期リハビリ病棟の担当医にかわり六ヵ月ほどして通院したあるときに先生との会話でどん底に叩きつけられるようなことを言われた

  • 小林さん「まだ右ストレートが打てないんですよ、何か良いリハありますか?」
  • ※リハ医師は明らかに呆れた顔で…
  • リハ医師「半年経ったからね〜、回復限度かな…」
  • ※小林さんは心の中で思ったもう回復しないのかと衝撃を受けると同時に怒りがこみ上げて心の中で叫んだ
  • 「そんなわけあるか!!」

小林さんは回復限度と言う言葉にいちどは諦めかけたが持ち前の精神力でボクシングをもう一度やるためにどのようなトレーニングがあってどんなリハビリの方法があるのかパソコンを持っていなかったのでネットカフェのパソコンで検索したり図書館に行って調べたりした

そんな中で1冊の健康情報誌にリハ特集なるページがありそこで紹介されていたトレーニング方法がアスリートのパフォーマンス向上や脳卒中後のリハビリにも活用されていることがわかった

Oトレーナーから言われた「回復限度なんてないよ」と言う言葉

そのトレーニング方法とは「初動負荷トレーニング」と言う方法でワールドwingと言うトレーニング施設で行われていることを知った小林さんは迷うことなくその施設に入会しトレーニングを始めることにした小林さんは自分が脳梗塞の後遺症があり医師から回復限度と言われていることも話をした

希望と勇気
  • 小林さん「僕医者に回復限度って言われてるんですよね〜」
  • ※そこでトレーニング方法やマシンの使い方などを説明してくれたOトレーナーが言った言葉
  • Oトレーナー「回復限度?そんなのないよ〜」
  • ※普通にそう言い切った

医療職の人間が患者に対して過度な回復への期待を持たせるのは確かにいけないことだと思うしかしリハビリを必死に頑張っている患者に対しての言葉は否定的であってはならないと思う、もちろん無責任に楽観的な言葉をかけることも良くない

どんな条件下でも【希望】の持てる言葉は 必要なのではないか

とても難しい話ではあるが1つ言える事は「建設的な会話」でなければならないと言う事、人生をあきらめさせるような言葉ではなく少しでも良いから「希望を持たせるような言葉をかけてあげる方が大切なのではないか」と私は思います

小林さんはその後 ワールドウィングでリハビリ兼トレーニング を続け ボクシングの練習も本格的に続けるようになった

しかし 小林さんの最終目標である プロボクサー になる夢は 医師の判断でかなうことはできなかった

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理学療法士を目指そうと思った 本当の理由

プロボクサー になるために努力してきたことは 全て水の泡に 消えた

打ちひしがれた どん底の中で 小林さんは自分に言った

  • 「 学歴もない 金もない 右半身には 障害が残っている 自分にはいったい何があるのだろう」
  • そう考えた時…
  • その障害を持っている事が自分の武器になる

そのことに 気がついた小林さんは 理学療法士を 目指す事になったのです

理学療法士

小林さんは本当に努力家です日中はデイサービスの運動指導の仕事を行い夜間に理学療法士の学校に通い勉強したそうですさ

小林さんは脳梗塞という病気にかかり 自分が目指していたプロボクサーとしての 夢も破れ 先の見えない状態で 入院生活を送り 退院した後も 不安を持ちながら 生活しなくてはなりませんでした

そんな中で障害を武器にして理学療法士として目指すことにした そうです

第1部では 小林さんが 脳梗塞を発症して入院してから 退院して 理学療法士を目指すところまでで記事を一度まとめます

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「理学療法士となった私が伝えたい、本当のこと」

第2部の記事では小林さんが理学療法士としてデビューし

「理学療法士となった私が伝えたい、本当のこと」

について書かれています

第二部に関しては一般の方が読むには専門用語などが多く理解するためにはある程度の知識が必要だということがわかりました、ただ医療関係者にとってはとても興味深い内容となっていると思います、ぜひ一読されることを望みます

最後までお読みいただき ありがとうございました

また別の記事でお会いしましょう

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